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景観まちづくりと制度
今日の中国新聞。景観についての記事をふたつ見つけた。

ひとつめは、三次市景観計画策定委員会が景観条例案や景観計画案を市長に報告したことを記事にしている。

地域の特性を活かした景観を考えるためにと、この景観条例の策定にあたっては、きめ細かに組まれたまちづくりワークショップが開催されている。このWS、実は広島工業大学環境学部地域環境学科の脇田研究室が企画・運営で関わっており、地域住民といっしょに景観について具体的にディスカッションしてきた。

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もうひとつの記事は、景観を守るまちづくりを考えるという見出しで、各地に景観条例・景観計画の検討が広がっていることを伝えている。

景観法が施行されて、罰則付きの景観施策という選択肢が増えた。一方で、原爆ドームの背後に高層マンションが建つなど、おろそかにしてはどうかと思うような点で、景観を守れない現状が浮き彫りになるなど、にわかに景観に関する動きが表に出てきたわけである。

この中にも、三次の動きが紹介されているのだが、そこには、ワークショップや説明会を開き、きめ細かく住民の意見を取り入れながら景観計画の骨子を固めていると解説している。このときは、5つの地区を選び、それぞれの地区ごとにワークショップを企画し、住民の意見をまとめていった。

しかし実際、景観を考えるのは難しい。なにより、景観に対してなかなか切羽詰れないのである。例えば子どもの防犯問題ほど危機感を共有できない。そして、原爆ドーム周辺ならまだしも、一地方のごく当たり前のような風景が広がるところでは、わざわざ景観を整備することは後回しにされる。それよりも道路整備や福祉の充実が先で、景観のための何かは優先順位が低く見積もられても仕方ないとされる。

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にわかに景観に関する議論が活発になっているけれど、それが景観施策をつくることに終始してしまうのでは?という不安がある。規制することは確かに景観を整える効果がある。しかし、制度に頼りすぎると、結局は景観と住民との距離というか、親身になって考えていける関係は築けないと思う。

つまり、規制することで一時的に景観は守られても、その副作用として景観との接点が制度上のものとなり、ますます景観に対して機械的にしか危機感を抱けなくなるような気がしてならないのだ。

景観をはぐくむのは制度でも行政でもない。一人ひとりの住民である。地域レヴェル・住民レヴェルの関わりが必要である。しかし、制度のほうが見栄えがいい。○○条例とか、○○美観地区など、ニュースにもなる。でももっと取り上げてほしいのは、もっと注目してほしいのは、もっと手がけてほしいのは、自分たちの景観に対して疑問を抱き、その解決に向けて意見するプロセスである。それをワークショップが担っていたりする。

もちろんワークショップをして終わりでは、それはカタチだけのアリバイづくりでしかない。ワークショップの乱用だ。そこから創造的に、例えば明日からでもできる提案を実践していく機会となるようなワークショップをしなくてはならない。それは湖に浮かぶ白鳥の見えない足もとのように、次から次へとつかみどころのないものを、かき分けていく挑戦なのかもしれない。

景観施策にしろ、ワークショップにしろ、聞こえは良いが、それらを支える住民の力が欠かせないのだ。制度のフィルターを通す前に、自分たちで景観の課題や魅力を受け止めることができるように、実践的な市民参加をふまえた全体計画が必要である。


平川

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